女性学研究所における特色GPの取組について

特色GPにおける女性学研究所の取組――三年間の成果をふり返る

有賀 美和子

1.本学のリベラル・アーツ教育と特色GP

東京女子大学は1918年の創立以来、「個」としての自立に重きをおいた進歩的女性観に基づくリベラル・アーツ教育を通じて、学生が自己確立とキャリア探求の礎を築くための環境づくりに取り組んできた。例えば、1962年度から65年度までの四年間、本学において人文・社会科学系の一般教育科目として開講された「総合コース<女性>」は、わが国の教育分野における「女性学の萌芽」と位置づけうるものである。そうした先駆的な試みを経て、女性の自己確立とキャリア探求を念頭においた「女性学」ないしジェンダー教育の内容を充実させる営みが、今日まで着実に続けられてきた。

とりわけ1990年、女性学研究所が比較文化研究所内のWomen’s Studies委員会(1976年に設置)から独立した組織となった後は、研究所の企画による全学科共通科目「女性学入門」「女性史」「ジェンダーと社会」「女性と文学」「女性と開発」や、「結婚の比較文化」「きれいとは何か」といった多彩なテーマによるチェーン・レクチャー方式の「総合講座・女性学」等が授業科目として広く提供されてきた。一方、学部・大学院の各専門分野では、層の厚い研究者の陣容による女性学・ジェンダー視点に立つ教育と多様な研究が進められている。 また2003年度からの全学的カリキュラム改革では女性学・ジェンダー教育の発展を一つの柱に据え、「女性学・ジェンダー副専攻」(演習を含む)を設けて、学部・学科を横断した形で女性学・ジェンダーについてより体系的に学べるシステムが整えられた。

こうした長年の蓄積と成果に基づいて提示された本学の「女性学・ジェンダー的視点に立つ教育展開―『女性の自己確立とキャリア探求の基礎』をつくるリベラル・アーツ教育」が、文部科学省の平成15年度(2003年度)「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」として採択されるところとなった。この「特色GP」の採択理由は、(1)「一個の自立した人間としての生き方を模索し、男女共同参画社会の実現に寄与し、高度の社会貢献をおこないうる女性を育成する」という三本立ての教育目標への評価、(2)上述の先駆的「総合コース」設置以来の、数十年にわたる女性学教育への組織的な取り組み、(3)当初の目標である女性の自己確立が、多くの卒業生にみられるなどの成果、(4)それらの取り組みが、男女共生社会実現に向けた女性の教育という面で継承されるべき優れた特色をもつこと、という4点にまとめられる。

このような本学の「女性学・ジェンダー的視点に立つ教育」をさらに充実させる特色GPプログラムのもとで、その一翼を担う活動として、女性学研究所では2004年度から2006年度の三年間にわたり、『女性学・ジェンダー研究成果の教育への還元』プロジェクトを進めてきた。特色GPの最終年度を終えるにあたり、この三年間の取り組みを改めてふり返ってみたい。

2.女性学関連授業の展開

さて、特色GP初年度の2004年度には、先の「女性学・ジェンダー副専攻」制度開始のもと、全学科共通の「女性学・ジェンダー副専攻ゼミ」が新設された。またこの年、「総合講座・女性学B」として「親子関係の女性学」が、また06年度には「総合講座・女性学A」として「女性とキャリア」が立ち上げられた。こうして、04年度から06年度の期間には、前述の「女性学入門」「女性史」等とあわせて、女性学研究所の企画による10科目の多彩な授業が提供されてきた。

そのなかで、2004年度の特色GP事業として、「親子関係の女性学」講師陣の共同執筆により女性学研究所叢書第2巻『親子関係のゆくえ』(女性学研究所他編、勁草書房、2004年9月/四六判・241頁;初版1500部)が刊行されたことは、特筆に値しよう。同書をテキストとした総合講座の授業では、今日の社会変動に応じた新しい文化創造の担い手としての、親と子との多様な関係や未来像、あるいは男女共同参画社会のあり方について広く学際的な視野からの考察がなされた(有賀 2005)。さらに、こうした授業の場を超えて、学外にも開かれた研究所としての社会的貢献を全国的な規模で果たすために、今後も「女性学研究所叢書」の出版は継続の予定である。

加えて前述のとおり、本学は1962-65年度に、女性学の内容を先取りした「総合コース <女性>」を開講したが、あらためて女性学教育の原点に立ち返り、また広くその意義と先駆性を伝えるため、当時の実績報告書(1966年作成のガリ版刷り)を2004年度に解題付きで活字復刻した(2005年3月/B5判・138頁;500部)。この特色GP事業としての復刻版作成によって再確認されたのは、女性学教育の主眼が「一個の自立した人間としての生き方を模索し、高度の社会貢献をおこないうる女性を育成する」点にあったことである。

ここから導かれる今日の女性学関連授業の到達目標は、「ジェンダーへの気づきを促し、男女共生社会の実現に寄与しうる女性の自立とキャリア探求に向かわせること」といえるだろう。女性学関連授業の各担当者は、提供する授業が、1)ジェンダーへの気づきや、社会および自己への深い理解を促しているか、2)女性の自己確立とキャリア探求にとって有効であるか、3)高度の社会貢献をおこない、男女共同参画社会の実現に寄与しうる女性の育成にとって有効であるかに留意しつつ、学生たちがより高度な自己実現や社会貢献をなしうるように、女性の生き方に深く関わる授業の内容を効果的に伝えるために、次のような工夫を凝らしてきた。

a. ジェンダーの問題を身近な問題として把握すること。
b. 特定の考えを押し付けることなく、データ等によって女性の置かれている立場を客観的に見ること。
c. 単に女性の問題ではなく、男女ないし日本社会の問題として捉えること。
d. 性差別のみならず、あらゆる差別に対応できる視点を提示すること。
e. エンパワーメント(生きる力をつける)学習という視点を学生が持てるような授業展開をすること。

3.女性学・ジェンダー教育の効用

その結果、受講者の出席票には次のようなコメントが多数みられた。第一の「ジェンダーへの気づき」として、ジェンダーは社会的・文化的に形成されたものであり、それゆえに男女間で相互乗入れが可能であり、“可変性”をもつこと。第二の「女性の自己確立とキャリア探求」に関連して、「男/女はこうあるべき」というジェンダー規範の束縛によって、男女個々人の“多様なライフスタイル”の選択や“自己実現”が妨げられることは基本的人権の侵害であり、かつ社会全体における利益の損失であること。第三の「男女共同参画社会の実現」をめぐって、自分たち若い世代が「ジェンダーの可変性」を具現化し、男女共同参画社会の実現に寄与していかなければならないこと。さらには、女性学を学ぶうえでは、人種や階層、各地域の文化や歴史等さまざまな視点から見ることが大切であり、そのことが、互いの差異を尊重し、異なる者同士が共存していける社会を創るために重要であること。男性・女性にかかわらず、自分のライフスタイルを自由に選択でき、それが正しく評価されるような社会が望ましいこと、などである。学生たちが、ジェンダーを軸とするマクロな社会的・文化的構造や仕組みへの理解を通して、自らの日常的な生活経験に潜んでいる意味を読み取る力をつけていることが窺われた。

また、本学が各年度の優れた女性史研究書に贈呈する「女性史青山なを賞」受賞者による恒例の記念講演会も、特色GP事業の一環として開催された。04年度は第19回同賞受賞者の井野瀬久美惠氏による「植民地経験のゆくえ―歴史をフィールドワークする」、05年度は第20回同賞受賞者の野村育世氏による「知られざる賢者の言葉を求めて」、06年度は第21回同賞受賞者の川島慶子氏による「光の世紀の才女たち―科学は女を解放したのか?」である。それぞれの受賞作の魅力的な内容に則した明快な講演により、学生をはじめとする学内外の延べ約400名の聴講者たちは、新進気鋭の研究者の独創的な優れた仕事の一端や、時には独自の女性史研究に至る動機やプロセスにも触れて、新鮮な刺激を与えられてきた。ちなみに、青山なを賞の歴代受賞者に本研究所の企画授業である「女性史」(日本/諸外国)の講義担当を依頼することによって、ジェンダー的視点をとり込んだ各国女性史の優れた研究成果が、学生たちに継続的な教育効果を伴ってフィードバックされている。

ところで、女性学・ジェンダー的視点に立つさまざまな授業においては、ビデオやDVDなど視聴覚教材の活用はきわめて有効である。そこで2005年度には、関連の教材を広く収集し、学内既存の教材もあわせてリスト化するとともに、各編の内容紹介を付した『ビデオ教材ブックレット』(2006年3月/B5判・38頁;500部)を作成・刊行した。これにより、さまざまな分野の授業内容に即した教材のより有効な活用が図られている。

4.シンポジウムの企画と開催

そして最終年度の2006年度には、全学シンポジウム「キャリアを拓く」の企画を当研究所が担当した。三年に亘る特色GPの取組による全学的な成果の集大成を企図した「GPウィーク」(10月20日-26日)の初日に開かれた同シンポジウムは、本学の教育を広く学内外にアピールし、今後の女性学・ジェンダー教育に生かされるべき内容をもつものとなった(約300名参加)。

まず基調講演で、柏木惠子氏は「キャリア」を、個人が生涯にわたって「職業役割」と「家族役割」の両方を担うことと定義。その道筋をどう設計していくかが肝要であり、男女にかかわらず、これら二つの役割を共に担うことが、発達心理学的にも人間としての十全な発達に不可欠であるとした。国際比較データをみても、日本の男性は仕事時間が長く家事・育児への関与が少ないが、それは、子の父親に対する評価の低さと、妻の育児不安の強さに連関している。妻が無職の場合はこの傾向がより著しく、フルタイム就業者のほうが総じて人生への充実度が高い。また妻の収入のいかんは、夫婦の衡平性(対等で共感的な会話)と相関があり、複数の役割に偏りなく積極的にコミットすることが精神的健康(幸福感・充実感)に寄与することが述べられた。さらには、大学で受けた教育を社会に還元するのは大卒者の義務であること、またキャリアを設計し、自立した個人として生きるためには、俯瞰的な視野と社会科学的な知識を持つべきことが鋭く説かれた。

続いて、青島祐子・中津井泉・水野亜左実の各氏をパネリストとするシンポジウム(司会:矢澤澄子・女性学研究所長)では、社会の各分野で活躍する三名の卒業生(大学教員、雑誌編集長、ソフトウェア開発者)が、就職・転職・退職・結婚など、それぞれの卒業後のキャリアを顧みながら、「働き続けること」の大切さを学生たちに語った。自らの大学生活とその後の職業生活を通じた具体的で示唆に富むメッセージは、学生に自分自身のキャリアを構築していくことの重要性を気づかせるものとなった。

参加した学生からは、「自分は将来どんな人生を歩めばいいのか不安に思っていたが、性別の枠を越えて一個の人間として社会に何ができるか考えるきっかけになった」「講師の方々が、女性というジェンダーにとらわれずに、一個人としてキャリアを積んできたことが分かった」「先輩たちの具体的な話がきけて、勇気づけられた」「東京女子大学の女性学教育の目的がよく分かった」といった感想が寄せられ、卒業生のキャリア軌跡への強い関心が示された。とくに女子大学において女性学・ジェンダー教育を進めるうえでは、卒業生の役割がきわめて大きいことが再確認されたといえよう。

また11月9日には、シンポジウム「東アジアのモダンガール」を開催した。1920年代から30年代にかけての、都市大衆消費文化の勃興を表現する端的な社会現象の一つと目されてきた「モダンガール」(略称 「モガ」)。同シンポジウムではこのモダンガール現象を、単に一国内にとどまらない、世界各地に同時多発的に見られた国際的な社会現象として位置づけ、女性にとっての近代をグローバルな視点からふり返る機会とした(約180名参加)。とりわけ、「モガ」をめぐる視覚文化が、あるべき「男/女らしさ」というジェンダー・アイデンティティや、グローバルな消費文化の普及に重要な役割を果たしてきたことに焦点があてられた。例えば日本の風刺漫画は、「男/女らしさ」をつねに対照的に描く一方、主婦、女学生、(女性)活動家、そしてモガなどさまざまな女性像を表現し、それらは望ましい「女らしさ」を論じるための格好の材料となった。そこでは例えば、カフェの女給(表象としての女性身体)が、家庭に身を置くべき主婦とは対照的に、“逸脱”としてカテゴリー化されている。

図像を多用した具体的で示唆に富むメッセージは、学生にメディアを含む文化とジェンダーとの密接な関わりを読み込むことの重要性を深く理解させるものとなった。参加した学生からは、「モガは様々なことを象徴していることがよく分かった」「モガは消費されるものという考えに示唆を受けた」といった感想が寄せられた。本学において女性学・ジェンダー的視点に立つ教育を進めるうえで、メディアを含む文化とジェンダーとの密接な関わりを理解させることの重要性が再認識されたといえる。

今後も継続的に、多角的な授業や講演会・シンポジウム等を充実させつつ、それらを女性学・ジェンダー教育に活かしていくこととしたい。

おわりに――活動の成果を今後に活かす

以上、特色GP三年間における女性学研究所の諸活動をふり返って再確認されるのは、女性学研究所が、本学の教育目標「女性の自己確立とキャリア探求」と教育面の特色である「リベラル・アーツ教育」を、学部・学科の枠を超え、さらには一大学の枠をも超えて具現化・推進する教学機関と位置づけられることである。すなわち、一個の自立した人間としての生き方を模索し、男女共同参画社会の実現に寄与し、高度の社会貢献をおこないうる女性を育成するという、先の三本立ての教育目標を実現するための研究や教育の提供が、今後も変わらず本研究所の担うべき役割であるといえよう。

今日大学に学ぶ学生たちは男女の別なく、これから社会に出て21世紀の男女共同参画社会を担っていく次世代である。その意味で、大学においては「個」としての人間像を確立する教育と同時に、男女共生のための教育も必要不可欠である。女性学・ジェンダー教育を核とするリベラル・アーツは、こうした新世代が、総合的・俯瞰的な視点と正しい知識に基づいたより均衡のとれた人間・社会への理解を深め、単に職業キャリアにとどまらず長い人生キャリアを主体的に生きるうえで不可欠な人間形成(自己確立)の基盤を築く教育といえる。それはまた、学部・大学院等での専門教育、ないしは社会人としてバランスのとれた知的で柔軟な思考力の基礎をつくる「学び」としても一層重要性を増している。そうした時代の要請に応えて、これからの大学と女性学関連の研究所は、男子学生にとっての有用性をも視野に入れたジェンダー教育を展開し、ジェンダー・センシティヴな、「専門性をもった教養人」の育成をめざしていく必要があろう(矢澤, 2006)。

現代の日本社会では、一般に実学・資格志向を反映して、大学教育においても実質的・専門的知識が要求される傾向がある。しかし、複雑化する社会の各分野において、全体を的確に把握し調整するトータルな視点が要請される時には、偏りのない広範な知識と、より総合的で柔軟な思考を導くリベラル・アーツ的素養が問われてくる。そのような意味で、「専門性をもった教養人」の育成こそが、現在の大学に求められているのではなかろうか。こうした21世紀型の教養教育は、長い人生を生きる上での、男女それぞれの自己形成とキャリア探求・社会貢献、そして男女平等の実現にとって、必須のものといえるだろう。

参考文献

有賀美和子(2005),「『親子関係のゆくえ』に込めたメッセージ」,『女性学研究所年報』第15号, 東京女子大学女性学研究所.
矢澤澄子(2006),「人間形成の基盤となるジェンダー教育・女性学をめざして」、『ジェンダー・女性学研究所ニュースレター』第21号, 愛知淑徳大学ジェンダー・女性学研究所.

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